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学生の内にやっておいた方がいいこと

先日、大学生からインタビューを受けました。

 

元教員で今は別の仕事をしている人に話しをきいて、それを学生に発信したいという思いがあり、卒業制作のテーマにするそうです。

教育実習を終えてこのまま教員になっていいのかと悩む学生や、悩んでいる状態のまま迫ってくる教採に向けて勉強する学生が周りに多くいるのだとか。

 

この学生の行動、本当に素晴らしすぎて感激しました。思わず私の知り合いの元教員を全員彼女に紹介した。

 

彼女からの質問の後半にあったのが
『学生のうちにやっておいた方がいいことはなんですか?』


正直答えに悩みました。
うーん…あるかなぁ。

 

まぁ、、国内外問わず、色んな場所に行ったり色んな人と関わる経験は自分の視野を広げてくれたなと思ったので

 

色んな大人に会うとか?


なんかそんなことを答えた気がします。

ただ、あまり自分の答えに納得していなくて、その後もずっとその質問が引っかかっていました。

 

そしてやっと答えが出ました。

 

答えは、『特にない』

 

 

学生のうちにやっておいた方がいいことなんて、特にない。学生時代に限らず。

 

誰かが『これはやった方がいい』と言ったことは決して嘘ではないと思うけど、あなたにとっての正解かはわからない。

 

その時、自分自身がやりたいと思ったことに正直に行動すればそれでいいのだと思います。

 

「やる」も「やらない」もあなた次第。

 

100人に聞いて100人全員が無駄だと言ったことでも、自分自身が「やりたい」と思うなら、やればいい。

 

100人に聞いて100人全員が必要だと言ったことでも、自分自身が「やりたくない」と思うなら、やらなくていい。

 

もっと自分に正直に。

自由を選択する。

 

 

小さな町がつくる「社会」

東北のある町に行ってきました。

面白い教育をやっているという情報を得たからです。

 

実際には小学校や中学校の数は少なく、これと言って目立った教育を「学校で」やっている訳ではありませんでした。

 

私が注目したのは、町の人々です。

 

 

「学校にはいく意味がない」

「教師は世間知らずで非常識」

 

世間ではそんな言葉もちらほら耳にするようになり、学校への不信感や学校教育の在り方への疑問は益々大きくなっているように感じます。

 

ですが忘れてはいけないのは、学校と社会は繋がっているということです。

 

学校批判をするその人も、今の学校をつくっている一人だということです。

 

一体社会のどんな価値観が、学校をこのような状況にしてしまったのかに目を向ける必要があります。

 

学校だけの力では、学校は変わりません。

 

この社会に関わる全ての人で学校を変えるのです。

 

 

 

今回、私が行った町には、ずっとその地に住んでいる人はもちろん、地方から移住し、地域おこし協力隊や起業家、フリーランスとして働く人たちもいました。

 

古い家を使ってゲストハウスのような場にしたり、

小学生を対象にした体験プログラムを実施したり、

高校生が面白い大人にインタビューをするような授業があったり、

都内の大学と連携して教育活動をしたり、

町で古くからある市場を再び活性化したり、

大学生向けに起業家を育てるプログラムを実施したり、

その土地ならではの文化とも絡めた活動を多く実施していました。

 

人が集まり、大人達が輝くことで、子供も輝く、そんな流れができているように感じました。

 

なぜ人口の少ない町でそんな活動が起こっているのか?

誰がその仕掛けを作ったのか?

 

町の人達と話すことで見えてきたのは、誰か一人が全ての仕組みを作ったわけではなく、人々が「自分にできること」、「自分が大切だと思うこと」を考えて素直に行動してきた結果なのだということです。

 

彼らがそれぞれの価値観や想いを語る姿からは、「偽り」を感じませんでした。

本当に心から納得し、選択している。今を楽しんでいる。

そんな感覚が伝わってきました。

 

私たちが作る社会、教育。

それは、一人一人の価値観、行動、生き方によってつくられています。

 

その小さい町の中に広がる社会は、その地に住む人達によってつくられていました。そして「彼らが」、変えていっていました。

 

行政が悪い

学校が悪い

 

ではなく、では自分には何ができるか?を考えるのです。

 

今回の滞在で、希望をもらいました。

フィンランド教育の課題

フィンランドでのインターンを終えて、先日帰国しました。


これまで良いところを中心にフィンランドの教育を紹介してきましたが、いくつかの問題を抱えていることが滞在している中で見えてきました。

 

フィンランドの学校では自由が多く、校則やルールはほとんどありません。授業中であっても、スマホを手にゲームやSNSで遊んでいる生徒も中にはいます。先生は、カバンにしまうように指示したり、すぐには注意しなかったり、授業前に一旦預かったりと、それぞれです。それでも、どうしてもモチベーションを下げる要因になってしまってることに悩んでいる先生もいます。ただ、先生達はスマホの持ち込みを禁止するという策はとらず、あくまでスマホがある環境の中でどう学ぶかという視点で議論をしています。授業の中でスマホを使うこともあります。

 

また、フィンランドでは公立学校の中で多様性を持たせようという方針をとっています。特別な支援が必要な子供であったり、これまでの教育が合わない子供であっても公立学校の中でその子供にあった支援をすることを目指してきました。その結果、フィンランドの99.7%の子供が学校へ通い、義務教育を修了しています。最近ではこれまで以上に、子供を排除せず様々な子供を公立学校で一緒に学ばせることを重視しています。ですが、その一方で、国からの教育予算は年々減り、人手が足りないという問題も抱えています。現場にいる先生はいくら個人に合わせた教育をしようを思っても、一人で対応し切れないことは当然あります。本当はもっと支援をする大人がいるといいけれど、予算が十分にないので難しいという話も耳にしました。

 


高校3年生の最後には全国統一試験が行われます。その結果は、卒業にも大学進学にも影響するもので、生徒にとっては初めての大きな試験です。その試験が、ペーパーテストから徐々に各自のPCを用いてオンライン上で受ける試験に切り替わります。2019年には、全ての教科でPCを用いた試験が導入されます。数学の先生は、内容を教える以前に数式を入力する方法を教えなくてはいけません。「全てをIT化するのではなく、時には紙とペンを使って考えることも必要。」という意見がある一方、「時代に合わせて変えて行くことが大切。試験方法を変える取り組みはとても意味のあることだ。」という意見もあります。国が決めた方針が現場の教育に大きな影響を与える、という点はフィンランドも日本も変わりません。

 


世界中から注目され続けているフィンランドの学校でさえ、決して完璧で理想的な教育が行われているわけではありませんでした。ただ、学力向上が第一とは考えておらず、変化する時代と子供に合った教育を常に求め続けていると言う点は事実であったと思います。

 

 


日本はこれまで長い間、経済大国を目指して教育を行ってきました。今ではその目標は達成され、物の豊かさでは世界のトップレベルです。

 


一方で、自己肯定感は低く、幸せを感じる人が少ない日本。

 

これまでやってきた教育は今の時代と子供には合っていないということを、学校へ行かないことを選択した子供は既に気づいています。学校へ通っている子供も、その保護者も、多くの人が気付き始めています。学校へ行かない子供が増え始め、民間で新しい学校を作る動きが徐々に広がっているこの現状がこそが、今の公教育に問題があることを表しているのではないでしょうか。

 


公教育の質が下がり、誰もが学校の在り方に疑問を持ち、不信感を募らせる日本の教育は、絶対に変えていく必要があります。なぜなら、それが公教育だからです。公立学校は、誰もが等しくその人の能力にあった教育を無償で受けられるはずの場所です。そこを変えない限り、教育の問題は解決しないと私は思っています。

 


フィンランドの公教育の質が高いことは確かです。けれど、今の日本にあるオルタナティブスクールやフリースクールなどの新しい学校の取り組みは、フィンランドの先をいっているように感じます。国が定めた学校以外にも目を向けた時、日本では既に各地で多様な教育が行われていることに気付きます。その様々な教育の場をもっと公に開いていくと共に、既存の学校も時代と子供に合わせて多様化していくことが、これからの教育に求められていることだと思います。

SIMPLEな教育

フィンランドの小学校で2年間教員をしていたアメリカ人男性の文章です。共感する部分が多かったので紹介します。


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フィンランドの教育は、「SIMPLE」という6文字のアルファベットで表すことができます。SIMPLEとは、賢明であり(Sensible)、独立していて(Independent)、質素であり(Modest)、たくさん遊び(Playful)、ストレスが少なく(Low-stress)、公平である(Equitable)ということです。

 


【賢明である(Sensible)】


例えば、生徒たちは通常45分間の授業のたびに15分間の休憩を取ります。頻繁に休憩することは、教室での集中力を高めるという研究結果が出ています。また、社会経済的な背景に関わらず、すべての生徒に毎日栄養のある食事が提供されます。90%の公立学校では、フィンランドのトゥルク大学で開発された「KiVa」という、いじめを防止するためのプログラムを導入しています。70%の公立学校では、「Finnish Schools on the Move」という子供の体力を向上させるためのプログラムを導入しています。

 


【独立している(Independent)】


フィンランドでは、小学生でも教師の指導を受けずに廊下を歩きまわったり、自分自身で食堂へ行ってご飯を食べたり、学校から帰ったりしていました。また、教室では、教師が自由に授業をしているように見えました。これは教師の創造性を高めるだけではなく、生徒の批判的思考を育むことにも繋がります。さらに、フィンランドの教師には自由裁量があり、専門家として国民に信頼されていることで世界的に有名です。 (教師の自律性は、仕事の満足感とつながり、教師の専門性を維持するもの、という研究結果が出ています。)

 


【質素である(Modest)】


私がフィンランドに移住したとき、世界最高の教育と言われるフィンランドの学校には、最新の教育方法や設備が整っていることを期待しました。しかし、いくつかの学校を訪れたとき、一般的にそれらが整っている訳ではないことに気づきました。 最終的には、最新の教育法や設備が整っている点は素晴らしいと結論づけましたが、それらは二番目です。 最も重要なことは、生徒の学びを促す学習環境の中で、優れた教師が教えるというバランスのとれたカリキュラムがあることです。

 


【たくさん遊ぶ(Playful)】


フィンランドでは、両親や教師の間で、幼い子供たちは遊ぶ時間がたくさん必要だという考えが広く受け入れられています。「The Power of Play」と題した米国の研究概要においても、「短期的に見ても長期的に見ても、遊びは認知的、社会的、感情的および身体的発達に良い影響を与える」とあります。実際に、ほとんどの子供は7歳になるまで小学校1年生の内容は学習せず、その前に遊びを通じた学びに多くの時間を費やします。また、小学校1年生なっても遊ぶ時間を多くとれるような仕組みになっています。小学校1、2年生は、授業の間の短い休憩を含んで、平均して毎日3時間の授業しかありません。午後になると、多くの子供は習い事に行きます。

 


【ストレスが少ない(Low-stress)】


学校の中は、静かでリラックスできる学習環境が整っています。ストレスは学ぶことと教えることに悪影響を与えるので、ストレスの少ない学校の雰囲気は、教師にとっても生徒にとっても不可欠です。

 


【公平である(Equitable)】


ごく少数の独立した学校を除いて、フィンランドのすべての学校は公に開かれています。つまり、公立学校において、質の高い教育と学習が広く行き渡っているということです。 言い換えれば、フィンランドの子供たちがどこで育っても、優れた教師、バランスの取れたカリキュラム、健康的な昼食、質の高い教材を自由に利用することができるということです。

 


Finland’s educational arrangement is simply good for kids.


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以上。
私がフィンランドに来て感じていたことが、この文章にまとめられているように思いました。フィンランドの教育は、「これが子供にとって良いと思うから」という考えも大切にしていますが、「大学での研究結果によるとこれが良いから」という科学的な根拠に基づいた取り組みも大切にしています。


教育の目的を明確にした上で、大学での新しい研究を取り入れ、優れた教師と学びを促す環境を整えているフィンランドの学校。ここに書かれていることは、私がインターンをしている学校にも当てはまります。それは、質の高い教育をどの公立学校でも受けることができる、ということを意味しているのではないでしょうか。


日本の教育現場には、大学での研究に基づいた新しい取り組みはほとんど導入されていません。教師自身が学んで独自に取り入れることはできますが、それだけでは公教育全体の質を高めることには繋がりません。学校の仕組みを変えることが必要なのだと思います。これからずっと先を生きる人たちが学ぶ場所である学校には、彼らが幸せに生きるために有効で質の高い新しい教育を取り入れる必要があると私は思っています。


最後に、紹介した文章が載っているページのURLを載せておきます。私が紹介した内容は一部を抜粋したものです。

finland.fi

TIMSS2015の結果

昨日11月29日、TIMSS2015の結果が出ました。

国際数学・理科教育動向調査のポイント

 

TIMSSとは、国際教育到達度評価学会が児童生徒の算数・数学、理科の到達度を国際的な尺度によって測定し、児童生徒の学習環境等との関係を明らかにするために実施している国際比較教育調査です。今回は、小学校50ヶ国、中学校40ヶ国が参加しました。日本では小4が4,400人、中2が4,700人参加。

 

算数・数学、理科ともに下位層の割合は減って、上位層は増えていたようです。
しかし、小学校理科を除いて、その教科を「楽しい」「得意」「将来役に立つ」「自分が望む仕事に就くために良い成績をとる必要がある」と感じる児童生徒は、国際平均を大きく下回っています。

 

松野文部科学大臣は、この結果に対して以下のようなコメントを発表。(文部科学省HPより引用)

 

今回の調査結果によると、我が国の算数・数学、理科の結果は、比較できる範囲で最も良好な結果であり、国際的に見ても引き続き上位に位置するとともに、小中学生の算数・数学、理科の意識についても改善が見られることが分かりました。

 

 

これは、各学校や教育委員会において、「確かな学力」を育成するための取組をはじめ、学校教育全般に渡り教職員全体による献身的で熱心な取組が行われてきたことの成果であると認識しています。

 

文部科学省としては、児童生徒の学力を引き続き維持・向上を図るため、現在検討してる次期学習指導要領においては、学習内容は削減せず、知識・技能を思考力・判断力・表現力等をバランス良く着実に育むことができるよう指導の改善・充実を図るとともに、時代の変化に対応した新しい教育に取り組むことができる「次世代の学校」指導体制の実現に必要な教職員定数の充実を推進してまいりたい。

 

以上。

何かがずれている気がします。確かに数字は良い方に変わってきました。しかし、依然としてその教科を楽しいと感じる生徒がとても少ないのが現状です。文科省が評価しているのは、学力が向上したところ。かつて学力低下を散々叩かれ、国民からの批判を受けてきたから当然かもしれません。

 

若者の自己肯定感や意欲の低さはこの結果からも読み取れます。経済的に豊かで学力も高い。けれど、幸せを感じず自己肯定感は低い。これで本当にいいのでしょうか。

 

国民がそんな状態であってもこの結果を高く評価し、引き続き「学力の維持・向上を」と言う文科省。日本の危機を感じます。

 

本当にビジョンもなく、教育が国の未来にどう繋がってるのかも何も考えていません。言い過ぎかもしれませんが、本当に恐ろしいなと思ってしまいます。

小学校の授業

先週は、フィンランドの小学校に見学へ行って来ました。


小学校5年生のある教室に入ると、教室の真ん中に分厚いマットが敷いてありました。机と椅子は壁に向かってコの字になるように並べてあります。授業が始まると、「これから10分くらいのお話を読むから、好きな場所へ行って、好きな態勢をとって。」と先生が言います。女の子5人はマットに寝っ転がり、先生がいる方に顔を上げています。他の子供は、机の上で仰向けになって寝っ転がったり、教室の隅っこで膝を抱えて座ったり、ついたての裏に隠れたり、窓の縁に座ったり、普通に席に着いたままだったり。そして先生が本を読み始めると、全員がそのお話に聞き入っていました。個人で問題を解く時には、マットに寝っ転がりながら解いたり、マットを机代わりにして解いている子供がいました。


この授業スタイルは、どのように学ぶのが子供にとって良いのかを先生同士で話し合い、今年から始めた取り組みだそうです。フィンランドのどの学校でもこのような授業をしている訳ではありません。 どこでどのように学ぶのが一番リラックスして集中できるかはその子供によって違う、と先生は言います。


また、美術の時間にはBGMが流れていました。子供達は、音楽にノリながら作業を進めたり、自分のスマホで好きな音楽を聴きながら作業を進めています。作品を仕上げるのに必要な資料は自分のスマホを使って調べます。


フィンランドの学校には「こうしなければいけない」という決まりがあまりないように感じます。(新鮮な空気を吸うために休み時間は全員外に出る、というのは決まりだそうです。)スマホもPCも持ってきて自由に使っていますし、服装や髪型などの決まりもありません。学校全体で一律したルールを設けるのではなく、その授業やその時に合わせて判断をしています。スマホを使うことが、授業によっては学習をより深めるものになりますし、授業によっては必要がないかもしれません。先生達は「ルールだから駄目」というのではなく、なぜ駄目なのか、なぜ良いのかという考えを持っています。子供自身も「先生が言ったからそうする」ではなく、それぞれが自分の考えを持つようになります。


フィンランドは、PISAと呼ばれる国際的な学習到達度調査の結果で10年前に総合1位となり、世界中から注目されるようになりました。日本は同じ頃に大きく順位を落とし、それを受けて学力向上を図ってきました。最近の結果では、日本がフィンランドを上回っています。


かつて学力世界一と言われたフィンランドが、今は順位が落ちているにも関わらず、国も教師もPISAの順位を上げようとはしていません。今年度から導入された新カリキュラムでも、重視しているのは学力ではなく「今の子供達にとって必要な教育は何か」ということです。時代にも子供にも合わせて学校も学習方法も変えていくこと、それがフィンランドで大切にされている考えです。PISAの結果は教育の方向性を確かめるためのものにはなりますが、それが目的ではありません。


日本ではPISAの結果が国の教育方針に大きな影響を与え、順位が下がってからは、学力向上、競争の強化を図ってきました。競争激化を理由に中止となっていた全国学力テストも、2007年度から再び始まり、県ごとの学力とその順位が公表されるようになりました。そうなると、多くの人がその数字に注目するはずです。結果は全国に知れ渡り、上位を逃した県は学力向上のための取り組みをより強化します。


日本も、フィンランドも、これまでに何度も教育内容を見直し、改善を図ってきました。けれど大きく違ったのは、子供のための教育をするという軸があったかどうかではないでしょうか。フィンランドは、子供が幸せに生きていくために必要な教育は何かを常に考え、改革を進めてきました。日本が改革を進める中で一番問題だったことは、教育の目的を見失ったことだと私は思っています。


これから2020年に向けて、日本の学校教育が大きく変わっていきます。時代の変化に合わせて学校も変わっていく今だからこそ、子供の幸せのために本当に必要な教育は何かをもう一度考え直す必要があるのだと思います。

発言の多さ

フィンランドの学校で授業を見ていると、どの授業でも発言する生徒がとても多いことに驚きます。

 

この問題の答えは?これについて何か知ってる?という先生の問いかけに、たくさんの生徒達が手をあげます。しかも「なんとなくこんな感じだと思うけど、よくわかりません!」みたいな感じの答えだったりもします。でもその子はふざけているわけではないし、周りも笑ったりしません。


先生が話している最中でも、突然手をあげて意見を言ったり質問をしたりする光景もよく見ます。ちなみにフィンランドでは相手が話をしている時に遮るのはマナー違反だと小さい頃から教えられているので、先生が話しているに時に発言したい場合は、ただ手を挙げてじっと待っています。


ある先生が発言の多さについて話をしてくれました。以下、その先生の言葉です。
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答えが合っていても間違っていても、自分が思う答えを言うことが大切。自分の意見を言うことが大切。大事なのは合っているかどうかではなくて、あなたはどう考えているのか?と言うこと。もし答えが間違っていたとしてもそれはみんなの学びになる。もしみんなとは違う意見を言ったとしても、そこから議論をして全員の学びに繋げることができる。
そもそも大人である私だって間違うことだらけ。授業をしていたって間違えることがある。それに、中高生である彼らから学ぶことはたくさんある。私には10歳の息子がいるんだけど、とても元気な男の子で大変。私には彼が何を考えているのかよくわからなくて困ることがある。けれど、そう言う時に生徒と話をしていると、その答えをくれたりする。彼らには10歳の男の子の気持ちがわかるから。
わからないことがあるから学校に来て勉強するし、何度も間違えたりして学んでいけばいい。私もずっとその繰り返し。
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以上。


日本でも、多くの先生がこんな想いを持って毎日生徒と接しています。ただ、それを実行するのも、生徒達にその想いを伝えるのも難しいのが、今の日本の教育現場です。色んなところからの圧力があり、本当に大切だと思う教育をする自由が教師にはありません。


フィンランドはと言うと、国が教師を信頼しているのが本当によくわかります。教師の自由がある程度認められている。そして、教師だけがこの先生のような想いを持っているのではなくで、他の大人達も子供達もみんなが「それって当然だよね」と言う意識を持っています。だから、どの授業でもとにかく発言する。正直、教師だけの価値観でこの状況は作れません。


教育は、「教員だから」「子供を持つ親だから」考える問題ではないと私は思っています。一人の人間として、本当に必要な教育とは何なのか?その答えをみんなが考えること。そして、直接教育に影響することでなくても、自分の価値観に従って行動していく必要があるのだと思います。


社会全体の価値観が、今の学校教育に影響を与える力を持っています。一人の人間の行動が、必ずこれからの日本の学校教育に繋がっていくと信じます。