公教育について考えるブログ

すべての人が自分に合った教育が受けられる社会を目指して活動しています。

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発言の多さ

フィンランドの学校で授業を見ていると、どの授業でも発言する生徒がとても多いことに驚きます。

 

この問題の答えは?これについて何か知ってる?という先生の問いかけに、たくさんの生徒達が手をあげます。しかも「なんとなくこんな感じだと思うけど、よくわかりません!」みたいな感じの答えだったりもします。でもその子はふざけているわけではないし、周りも笑ったりしません。


先生が話している最中でも、突然手をあげて意見を言ったり質問をしたりする光景もよく見ます。ちなみにフィンランドでは相手が話をしている時に遮るのはマナー違反だと小さい頃から教えられているので、先生が話しているに時に発言したい場合は、ただ手を挙げてじっと待っています。


ある先生が発言の多さについて話をしてくれました。以下、その先生の言葉です。
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答えが合っていても間違っていても、自分が思う答えを言うことが大切。自分の意見を言うことが大切。大事なのは合っているかどうかではなくて、あなたはどう考えているのか?と言うこと。もし答えが間違っていたとしてもそれはみんなの学びになる。もしみんなとは違う意見を言ったとしても、そこから議論をして全員の学びに繋げることができる。
そもそも大人である私だって間違うことだらけ。授業をしていたって間違えることがある。それに、中高生である彼らから学ぶことはたくさんある。私には10歳の息子がいるんだけど、とても元気な男の子で大変。私には彼が何を考えているのかよくわからなくて困ることがある。けれど、そう言う時に生徒と話をしていると、その答えをくれたりする。彼らには10歳の男の子の気持ちがわかるから。
わからないことがあるから学校に来て勉強するし、何度も間違えたりして学んでいけばいい。私もずっとその繰り返し。
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以上。


日本でも、多くの先生がこんな想いを持って毎日生徒と接しています。ただ、それを実行するのも、生徒達にその想いを伝えるのも難しいのが、今の日本の教育現場です。色んなところからの圧力があり、本当に大切だと思う教育をする自由が教師にはありません。


フィンランドはと言うと、国が教師を信頼しているのが本当によくわかります。教師の自由がある程度認められている。そして、教師だけがこの先生のような想いを持っているのではなくで、他の大人達も子供達もみんなが「それって当然だよね」と言う意識を持っています。だから、どの授業でもとにかく発言する。正直、教師だけの価値観でこの状況は作れません。


教育は、「教員だから」「子供を持つ親だから」考える問題ではないと私は思っています。一人の人間として、本当に必要な教育とは何なのか?その答えをみんなが考えること。そして、直接教育に影響することでなくても、自分の価値観に従って行動していく必要があるのだと思います。


社会全体の価値観が、今の学校教育に影響を与える力を持っています。一人の人間の行動が、必ずこれからの日本の学校教育に繋がっていくと信じます。

無償で受けられる教育

フィンランドの学校で授業を見ていると全員が同じノートを使っていることに気づきます。ノートがなくなった生徒は、先生から新しいものをもらっていました。


フィンランドでは、日本と同様に小学校1年生から中学3年生までが義務教育であり、どの子供も教育を受ける権利があります。そして、教育を受ける際にかかる費用はすべて無償です。(ちなみに大学まで無償。)授業料、教科書はもちろん、給食費や交通費も。学校で使うノートや鉛筆、消しゴムも買う必要はありません。


本当に1€も出す必要がないのか?
実際のところ、過去にある学校でこんなことがあったそうです。
学校行事としてバスで移動する必要があるけれど、予算が足りないので1人20€(約2300円)ずつ徴収することに決定。でもこれは任意。強制はされませんし、もちろんどの家庭が払っていないなど公表されることもありません。ある家庭からは20€なんて高すぎるという意見も出たそうです。


フィンランドの教育で注目すべきところは学力の高さだけではなく、学力格差の小ささだと思います。できる子を伸ばすことよりも支援が必要な子に手厚くサポートをします。そして、どのような家庭の下に生まれたかが、学力へ影響することがほとんどありません。すべての子どもに、その子どもに合った教育を無償で受けることができるような教育制度が確立しています。


もし、学校へ行くことが困難であったり何らかの問題が生じた場合は、教員、保護者、生徒だけではなく心理カウンセラーやソーシャルワーカー、時には医師など状況に応じて必要な専門家が集まり、その子どもにとって良い選択は何か、どんな支援ができるかをみんなで話し合います。もちろん最終的な決定権は子どもと保護者にあります。とにかくその子どもをサポートすることに徹するのです。子どもを学校に合わせようとするのではなく、学校が子どもに合わせる努力をします。学校には、その子どもが自身の個性に合わせて成長していける環境を整える責任があります。また、フィンランドではほとんどが公立学校ですが、私立学校や特別なニーズに合わせた学校であっても無償で教育を受けることができます。「公立学校が合わないなら他へ行っていいよ。でもその場合は自分でお金出してね。」とはなりません。どの子どもも、その子どもに合った教育を無償で受ける権利があるので、そこから外れることはありません。全ての子どもへ教育の場は開かれており、全ての子どもは国によって守られています。


フィンランドではフリースクールやオルタナティブスクールなど様々な教育の場が用意されているのではなく、公立学校の中にその子どもに合わせた新しい教育を取り入れようという方針をとっています。公立学校だからこうでなければいけないという規定が極めて少なく、教員の裁量で子どもに合わせた教育を公立学校の中で行うことが可能です。まずは公立学校の中でできる限りの支援をし、それでも困難な場合は別のスペシャルスクールと呼ばれる学校へ行くことになります。そこで学ぶ場合ももちろん無償です。


登校が困難な生徒へ支援をすることは日本も行なっていることですが、目標としているところが違うように感じます。日本は子どもを学校へ適応させる努力をするのに対し、フィンランドは学校が子どもに合わせる努力をします。
フィンランドでは1990年代に大きな教育改革を行いました。その時に学校や教師に自由な裁量を与え、現場を信頼し、現場に任せる方針を取ったのです。その方針によって確立したのが、今のフィンランドの学校教育です。


日本では1990年代から学校へ登校しない「不登校」と呼ばれる子どもが急激に増え、彼らは「学校へ登校できない問題のある子ども」として扱われてきました。大人たちの目標は、その子供を学校へ適応させることだったからです。適応させようと試みても状況が変わらない場合、保護者はその後どうしていけば良いのかと悩み、子供は学校に行くことができない自分をさらに責め続けます。ですがそれは、国が定めた画一的な教育を受けることを善とした教育制度から生まれた苦しみでしかありません。
今、既存の学校が合わない子どもに合わせ、その保護者や教員を始め、多くの人が民間の力で新しい学校をつくっています。それによって、多くの子どもが自身に合った教育を受ける機会を得ています。けれどその新しい学校へ、国からの補助はありません。新しい学校へ通いたいと子どもが願っても、様々な理由でそれが困難な家庭もあります。

 

画一的な教育から、多様な教育へ。国は、一人一人の子どもに合った教育を無償で受ける権利を保障する必要があると私は思っています。
長い目で見たときに、必ずそれが国を支える力になるはずです。

教師の働き方

フィンランドでのスクールインターンが始まって2週間が経ちました。

 

 

私がここへ来た目的の一つは、教師の働き方を知ることです。教員一人一人のレベルの高さはもちろん重要だと思いますが、教員が力を出しやすい環境がなければ、学校現場はいつまでも良くならないと私は思っています。日本で教員をしていた時にそれを強く感じました。

 

フィンランドの教員は、一週間に受け持つ授業数が決まっており、それ以外の時間帯は必ずしも学校で仕事をする必要はありません。教科や先生にもよりますが、一週間に受け持つ授業数は18〜24コマです。45分間の授業を一日に大体4〜5コマ担当することになります。土曜日は休みです。

 

授業が始まるのが8時10分。終わる時間は日によって違いますが12〜15時。ほとんどの日は14時に終わります。授業が終わると、多くの先生はすぐに帰宅します。

 

職員室は、会議室やカフェテリアのような空間になっていて、個人の机はありません。先生たちは、朝や昼に職員室でお茶を飲んだりお菓子を食べたりしながら、おしゃべりをしています。とても和やかな雰囲気。その間、教室に残って仕事をしている先生もいます。委員会、係、部活動などはないので、それに関する指導をする必要はありません。

 

もちろん、授業外の時間には、授業準備やテストの採点、宿題チェック、成績をつけることなどもしています。必要に応じて生徒や保護者と話し合いをすることもあります。日本のように長時間労働を強制されないことや、教科指導以外のことにたくさんの時間をかける必要はありませんが、勤務時間が短い理由はそれだけではないように感じます。教員に、ダラダラと時間をかけずに仕事をしようという意識がある、ということも影響していると思います。

 

フィンランドでは、生徒のために自分の時間を”長時間”割いて何かをしてあげることがいいことだとは捉えられていません。また、長時間学校に残って仕事をしている先生が「熱心で良い先生」だとは思われていません。仕事はもちろんしっかりやりますが、プライベートの時間も大切にしています。十分な休暇をとることや家族との時間を過ごすこと、旅行や趣味の時間をとることも、気持ちよく仕事をするには必要なことだと考えられています。


それと同時に、生徒のプライベートも大切にしています。例えば、生徒が家族で旅行に行くことを理由に一週間学校を休む、ということも珍しいことではありません。長期休暇に宿題を全く出さないことや(長期休暇でない時は宿題あります。)、平日は14時前後に下校することを考えると、学校以外での経験も生徒の生活の中で尊重されていることがよくわかります。

 

当たり前ですが、学校で毎日生徒と接し、教育をするのは先生です。その先生が、心も体も健康でいること、毎日楽しく働いていること。それこそ、良い教育には必要なことではないかなと思います。

 

 

はじめに

2016年10月からフィンランドでの生活が始まりました。3ヶ月後に日本へ帰国する予定です。

 

これから日本中で、誰もが自分に合った教育を受ける自由が広がることを願っています。そんな社会に少しでも近づけるように、ブログを始めました。