公教育について考えるブログ

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療育現場の葛藤

私は今、発達障害やその傾向にある子供が通う幼児教室で働いています。

 

対象は未就学児で、これから小学校へ通うことになるであろう子供達です。

 

 

先日、職場の同僚がこんなことを言っていました。

 

「なんか、やらせてる感、あるんですよね。」

 

 

 

やらせてる感。

 

 

 

つまり、指導員である私たちが子供に必要以上に介入し、本当は子供が望んでいないのに、この訓練は必要だから、と無理やりやらせているんじゃないか?と言う葛藤がある、と言うことです。

 

 

私も毎日そんな葛藤を抱えながら子供や親御さんと関わっています。

 

 

 

その訓練、本当に必要なんでしょうか?

 

 

なぜそんなに「やらせる」んでしょうか?

 

 

考えると、彼らが次に行く先には「学校」と言う場所があることが、この療育現場にも大きな影響を与えているのです。

 

 

今の日本の学校で、生き抜くためには、

 

・言われた通りに指示に従うこと

・一斉指示を聞き逃さないこと

・どんな話でも静かに黙って最後まで聞くこと

・長い時間椅子に座って姿勢を崩さないこと

・決められた時間に決められたことをすること

 

これらが大切なんです。

 

しかし、今療育を必要をしている子供達にとっては苦手なことばかりです。

 

視界に入るあらゆるものに興味がわき、触ってみたくなったり、

好きなものだったら何時間でも没頭してしまったり、

たくさんおしゃべりをしたり、

 

そんなことが大好きな子達です。

 

 

学校は、間違いなくそんな子達にとっては苦しい場所です。

 

 

 

ですが、そもそも上であげたような、"今の学校で生き抜くために必要なこと"は、本当に"この先、生きる上で必要なこと"なんでしょうか。

 

 

軍国主義の影響を強く受け、今もそれが残っている日本の学校。

 

 

 

軍国主義は、人々の個性を潰し、個人の尊厳を奪い、どんなに理不尽なことであっても集団に従わせることを教えます。

 

 

「小学校に入学しても、楽しく過ごして欲しい」

子供に対して、大人たちがそんな想いをもつのは自然なことです。

 

でも、学校は元々、個人の幸せを願って作られた場所ではないという視点を忘れてはいけないと感じます。

 

 

 

療育は、発達障害やその傾向にある子供が今もその先も自分らしく生きるためにあるものです。

 

個性を潰し、今の日本の学校に適応させるためのものではありません。

 

 

 

自分を生きるための療育。

自分を生きるための学校教育。

 

 

長い長い道のりですが、変えられるところから一歩ずつ。